3.11

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明日、3月11日で東日本大震災から丸6年が経とうとしています。

6年という年月が流れ、未曾有の大災害の記憶は徐々に薄れつつあります。

この記憶を忘れない為にも、この記事を書き記しておきたいと思います。

二度の宮城探訪

僕は昨年、一昨年と夏休みを利用して宮城に出掛けています。

震災から年月が経っていたので、街はすっかり復興しているように見えました。

伊達政宗の銅像が鎮座する青葉城跡の城壁も、国宝である瑞巌寺も長い修復期間を終えて元通りに復元していました。


しかし、街の中には至る所に震災の記憶を見つけられました。

特に日本三景の一つである松島付近を探索している時には否が応でも、震災の記憶を呼び覚ますことになります。


津波を受けて塩害の被害を受けた松の木。

瑞巌寺や塩釜駅には津波が到達した高さが克明に記録されていました。

そして、松島湾をフェリーで巡回している時にガイドの方が話してくれたエピソードの殆どは、震災にまつわるものでした。

牡蠣の養殖場が壊滅したときに、日本中、世界中から支援をしてもらい、短期間で再び三陸に牡蠣が戻ったこと。

松島の島々が津波のエネルギーを吸収して被害を軽減したこと。

日本有数の観光地である松島で伝えられる震災の記憶には大きな意味があります。

この地に人々が足を運び、美しい景色に心奪われた後に、かつてこの場所を襲った災害を、復興に至る軌跡を多くの人が知ることにより、日本中、世界中の人がこの景色と記憶を守っていけたらと願います。


君の名は。と3.11

昨年の邦画No. 1ヒット作となった「君の名は。」

多くの人の価値観が、誰も経験したことのない大災害を機に「震災前」と「震災後」で変わりました。

震災後5年を経て発表されたこの作品をはじめて観た時、作り手側の「震災後」の価値観をベースに作られた作品であると感じました。

この作品には震災を彷彿とさせる場面が多く見られます。

瀧が飛騨に出向いて、三葉として慣れ親しんだ糸守町が彗星の衝突によって消えた事実を知ったときや、図書館で犠牲者名簿の中に三葉や四葉たちの名前を見つけた時の絶望。

三葉として彗星衝突直前の糸守に戻った瀧が、秋祭りに向かおうとする小学生に「行くな!」と懇願するも信じてもらえないシーンに象徴された、この先起こる悲劇を知りながら何もできない無力感。

そして…

立ち向かえない程の大きな力だとしても、大切な人たちを守りたい一心で奔走する姿は、あの日に誰もが感じていた気持ちで、あの日どこかで起きていた奇跡だったんだと思います。

入れ替わった瀧と三葉は互いの名前を呼び合いながら出会い、奇跡を起こします。


御神体の祠に描かれた龍の絵、三葉と四葉が踊る舞や口噛み酒、彗星の衝突によって出来た糸守はそんな大切な人を思う気持ちを紡いできた町でした。

3.11を目の当たりにしたからこそ、人が人の幸せを願う尊さ、記憶を伝え紡いで大きな奇跡を呼び寄せたいと願う気持ちが伝わります。

「大事な人、忘れたくない人、忘れちゃダメな人。」

この台詞の裏に込められた意味こそ、この作品のメインテーマであると僕は思いました。


そしてこれから…

昨年、発生した「熊本地震」では復興に向けて誰もが3.11の記憶を教訓に迅速な支援を行っていることをニュースで知りました。

津波の警報もあの日の悲劇を繰り返さない為にこれまで以上の緊迫感のある警報となりました。

何もできなかった僕たちも、僅かではありますが支援の方法や、万が一の備えも出来るようになりました。

しかし、東日本大震災の復興にはまだまだ時間が掛かるのも事実です。

これから、年月が経つにつれて徐々に薄れてしまう記憶の中で、大事なことを忘れないように記憶を伝え紡いでいくことを止めません。

明日は6年前のあの日のことを、大切な誰かを思いながら話してみてはいかがでしょうか?

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